客論

夢はかなわなくてもいい

「諦めなければ夢は必ずかなう」「夢の実現に向かってたゆまぬ努力を」─。ちまたには、このような言葉があふれている。だが、実際に夢を実現させた人など、どれほどいるのだろうか。

子供の頃には、必ず「将来の夢」について書かされる。たいてい「プロ野球選手」「サッカー選手」「歌手」などの「憧れの職業」を書く同級生が多かった。しかし、私の同級生からはプロ野球選手も、サッカー選手も、歌手も生まれてはいない。夢を実現させるのは容易なことではない。

だから、夢を実現させた人はもちろん素晴らしい。不断の努力を続け、多くの挫折を乗り越えてきたはずである。その姿は多くの人に感動を与え、時には生きる希望を与えることもある。「偉い!」と言ってもいいだろう。

では、「夢を実現できなかった人」は「偉くない」のか?

私は幼い頃から「お医者さんになりたい」と思っていた。その意味では「夢をかなえた人」になるかもしれない。ただ当時は漫画「ブラック・ジャック」のような天才外科医に憧れていたから、完全には夢をかなえていない。

病院の中では、医者が一番偉そうにしている。だが、たとえ医者が100人集まっても、病院の柱1本建てることはできない。病院の床やトイレをきれいに掃除してくれる人がいるからこそ、気持ちよく仕事をすることができる。滞りなく物品を搬送してくれる人がいてこそ業務に支障をきたすことがない。そもそも、病気やケガで通院する患者さんがいなければ病院は成り立たない。そしてその患者さんも家庭や社会の中ではそれぞれの役割を担っているはずである。

そのような人の中には「夢をかなえられなかった人」が大勢いると思う。この世の中は、自らの今の持ち場や役割をしっかりとこなす多くの「夢かなえられなかった人たち」によって支えられていると言ってもいいと思う。

「オリンピックで金メダル」「大リーグで年俸数億円」という夢をかなえる人はもちろん素晴らしいし偉いと思う。だが、その結果や実績・数字のみが強調されすぎているような気がする。夢は、実現させた結果だけが重要なのではなく、実現に向けて努力した過程において学んだこと、挫折によって得られたもの、そしてその後どう生きたかということがより大切なのではないかと思う。

私は、開業して初めて「社会人になった」と感じた。勤務医時代は、ただひたすら医療のことだけをやっていればよかった。だが開業医になり、建物を建てることから始まり、人を雇い、給与を支払い、税金を納め、コストを考えて仕入れをし…など、ようやく社会の仕組みや世の中の流れに目が向くようになった。そしてそこには、黙々と働く多くの人がいることに気が付いた。それら全ての人がいてこそ私は医師として生きられるのであるし、社会の一員としての役割を果たすことができる。医師だけが偉いのではない。

夢をかなえた人はもちろん素晴らしいが、夢かなわずとも一人の人間として懸命に生きている人たちの存在を忘れてはいけない。そして、それら全ての人たちを相手にするのが医師という職業なのだ。

みんな「偉い!」のである。